九高の四季

ブログの噺

「監視社会?」

 新しい年度の新学期が始まって1カ月が経ちました。

 3年生のクラス担任のある先生が、新しい自分のクラスの様子が気になって、昼休みにホームルーム教室がある階に足を運ぶと、昼食を終えた頃だったせいか、廊下に大勢の生徒が溢れていて、高校生らしい喧噪の中で午後のひとときを過ごしていました。

 「◎×▽☆○◆※○▲!」「☆◇♡■×※!!」「▲※♡☆◎!」「○▽☆○◆※☆◇!!」

 日本語のライティング・システムでは、ほとんど書き取れないやりとりが交わされています。

 (もっとも、高校生が集団になって、ぼんやり陽だまりに座って日向ぼっこばかりしていたんじゃ、身体の具合を心配しなくちゃならないけどもね・・・)

 内心ではそう思いながらも、アフガニスタンに投下された「大規模爆風爆弾(モアブ)」並みの大騒音と戦いながら(大げさ!)フロアーを歩き回ると、昨年担任をしていたクラスの生徒から話しかけられました。

 「先生。お元気ですか?」「おかげさまで、何とかやっているよ。ところで新しいクラスはどう?」「まだ雰囲気に慣れてないんですけど、こうして休み時間に廊下にいると、クラスの枠がなくなったみたいで楽しいですね」「道理で、いろいろな集まりがあると思ったよ」「不思議なもので、1年生、2年生それぞれのクラスメートの離合集散が起こるんです」「ミニミニ同窓会みたいなものかな?」「うーん、そうですね。人生は結局、出会いと別れの繰り返しですから」

 ちょっと演歌っぽいけれど、なかなかカッコイイせりふでした。

 昼休みが終わり、それぞれのクラスに生徒が戻り授業準備が始まると、それなりの秩序が訪れます。

 (やっぱり、クラス単位の自治体制というか、まとまりが大切なんだなあ・・・)

 先生は、「ウェストファリア条約以降、ヨーロッパでは主権国家が形成され、国家単位のまとまりが生じた」という、うろ覚えの世界史の知識を思い出しました。

 (うーん。しかし、こうした喧騒が連日繰り広げられているとすると、昼休みのこのフロアーに「交番」みたいなものが必要かもしれないな。ここにアウトドア用のテントとでも設置するか・・・)

 そういえば、廊下を歩いている間に、女子生徒からこんな声が掛かりました。

 「先生、ネクタイが曲がっていますよ!」「あーあ、上着の袖をチョークで汚しちゃって」

 まるで監視されるような言葉を思い出しながら、先生はしみじみと思いました。

「見ることは見られることでもある。結局、『見張ったり見張られたり』が、昨今話題にされる『監視社会』とは別の意味で、教育活動の一環かもしれないなあ・・・」

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