九高の四季

九高の四季

2014年10月の記事

  • 2014年10月30日ブログの噺

    「ランナーがいっぱい」

     職員室で、ある先生が嘆いています。「この頃、授業中、どうも生徒が落ち着かないなあ」「中間考査が終ったばかりで、少し気が弛んでいるのかもしれませんね」「黒板に向って板書をしていると、カイコが桑の葉を食べているみたいに、ざわざわするんだよね」「同じ音を立てても、蚕なら繭を作る生産性があるからいいですよ」「絹糸のもとだからね」。ちょっとレトロな比喩ですが、なかなか教室の様子がうまく表現されています。

     「今、あのクラスでボクは、野球でいうと、塁上にたくさんランナーを背負ったピッチャーのようなもんだね」「どういう意味ですか?」「板書している時、ランナーがリードするから、けん制球をしょっちゅう投げなくちゃならないんだ」。運動部の生徒が多いクラスのことなのか、今度はたとえが球技になりました。

     「しかも、野球ならば、いくら満塁でもランナーは3人までだけど、教室では走者がそれ以上いるから大変だよ」「ボールも一個じゃ足りないですよね」「もしも千手観音像が投手だったら、どんどんけん制球を投げることができるけど」「それじゃまるで、『紅白玉投げ』ですね」。日本の秋は、運動会の季節です。

     望ましい授業環境として、シャープペンシルの転がる音すら聞えるような、完璧な静寂が求められているわけではありません。それ相応の「生体反応」があってこそ、授業が「ライブ」として存在意義を持つのです。

     それでもやはり、あまり「反応」が多いと、「過ぎたるは及ばざるが如し」なのでしょう。「アナ雪」のテーマソングのように「♪ありのままの姿見せるのよ♪」という生徒を、ずっと放置するわけにはいきません。先生には、クラス全体をコントロールして、授業を進める責任があるのです。

     「確かに、盗塁をねらうランナーがいっぱいだと、疲れますね」「けん制球の数も多くなるし。しかも、けん制球はふわりと投げたり、投げるふりするだけじゃ効果がないから、全力投球だよ」「それも投球数の内に入りますね」「ローテーション投手ならば1試合百球が目安で、登板間隔が『中5日』とかだけど、授業は『週5日』だからなあ」

     長いシーズンを乗り切るには、様々な波を乗り越えなければなりません。「ランナーがいっぱい」といえば、チャンスがふくらむイメージなのですが、「ピンチの後のチャンス」を待たなければならない時もあるのです。

  • 2014年10月23日ブログの噺

    「秋のアサガオ」

     さて、今日の噺の教訓は何でしょう。

     

      秋になったある日のことです。ある体育の先生が、「家の庭が寂しいな」と考えて、アサガオの種をまきました。

      数日経つと、植木鉢にまいた種が芽を出しました。

     「ちょっと季節は遅かったけれど、ちゃんと芽を出すじゃないか」。こうつぶやいて、先生は嬉しくなりました。秋にアサガオの種をまくという、少々非常識な行為について、真面目で誠実な人柄の先生は、密かに心配していたのです。

     芽を出したアサガオは双葉が顔を見せ、順調に成長することが期待されました。

     「このままツルを伸ばして、きっとキレイな花を咲かせるんだろう」。先生は期待で、胸がわくわくするのを感じて呟きました。「幸せっていうのは、きっとこんな気持ちのことをいうんだろうな」。

     ところが、数日後のある朝、先生は植木鉢のアサガオが不思議な状態になっているのを見つけて驚きました。

     「あらっ、これはいったい・・・?」

     アサガオが、双葉から本葉を出した後、ツルを伸ばそうとせずに、突然花を咲かせようとしていたのを見つけたのです。

     「うーん。いきなりか。・・・しかし、こんなことでいいのだろうか」

     秋に種をまいたアサガオは、気温の低下を肌で感じて、危機感を覚えたのでしょう。

     「いくら世間では、まだクールビズでノーネクタイのビジネスマンが多いとはいえ、このままのんびりツルを伸ばしていたら、寒さのせいできっと途中で枯れてしまい、花を咲かせるのは難しいんじゃないか。うーん。それなら今、いっそのこと、『早熟』のそしりを受けようとも、思い切って花を咲かせちゃおうか」

     きっとこんなことを考えて、アサガオは、果敢に「子孫保存」の試みに出たのでしょう。確かに、花が咲けば種は残ります。

     「うーん。そんなのありかね?」。これを見て先生は、釈然としない気持ちになりました。

     ところが、先生が別の鉢に視線を移すと、ツルを伸ばして、オーソドックスな手順で生長しようとする、健気なアサガオの姿が目に入りました。

     そのアサガオを見つめて、先生は呟きました。「うーん。でもね、こんなに気温が急に下がり、冬が近づいているのに、これはこれでムチャな気もするな」・・・それならば、「秋なのにタネをまくなよ」という、アサガオの抗議の声が聞こえてくるような気がします。

     それから先生は、ふっとため息をつきました。こんな微妙な季節に自分で種をまいたにもかかわらず、アサガオの「進路指導」の難しさを思い、先生は植木鉢の前に立ちつくすのでした。

     

     

  • 2014年10月09日ブログの噺

    「ラビットジャンプ」

     昼休みの終了前、少し早く教室に向うと、廊下に数名顔見知りの女子生徒がいました。

     「こんにちは」「はい。こんにちは」「こんにちは」

     いつものとおり、日本語の初級会話のテキストの例文のような、「普通のあいさつ」を交わしました。

     「でも、なかなか礼儀正しくていいよな」。うなづきながら、いつものように感心しました。

     ところが次の瞬間、ある若い先生がその場を通りかかったら、彼女たちが急に、「いつもと違う」大きなリアクションを示し始めたのです。

     「きゃーっ!○×先生がいる!!」「きやーっ!!」

     「憧れの先生」が通過するのを見つけて、ウサギが前足を胸の前でそろえて、どうしても飛び越えられないフェンスの前で、ピョンピョン飛び跳ねるようなかっこをしています。「普通のあいさつ」は、悲しいことに瞬時に色褪せて傍らに転がり、放置されてしまいました。

     しばらくして、彼女たちのアクションが少し落ち着いたところで、話しかけてみました。

     「やっぱりそんなリアクションになるよね」「そうですね。自然と体が反応してしまいます」。ホームランを打ったプロ野球選手の、試合後のコメントのような言葉が聞かれました。

     それを聞いて、生徒が示した「過剰反応」とまったく逆の、「絶対無視」にまつわる、悲しい体験が頭をよぎりました。

     以前の話ですが、女子クラスの担任をしている時、授業が終わってまだ教室にいるのに、次の時間の体育のため女子生徒が着替えをどんどん始めたことがあるのです。

     「おーい。まだいるぞー!お地蔵様じゃないぞ!!」。悲痛な声を上げて抗議しましたが、彼女達の動きを止めることがまったくできませんでした。

     「オジゾウサマはともかく、通りかかっただけで注目を浴びて、キャーキャー言われたことはないな」

     ふと視線を向けると、あいかわらず女子生徒達は、嬉しさの余韻のため、ピョンピョン飛び跳ね続けています。

     「そのままどんどんエスカレートして、飛び跳ねながら両腕が頭の上で伸びた状態になると、マサイ族のようになるけどね・・・」

     聞こえないように、ひとり言をそっと呟いたら、それでも傍受されていたらしく、女子生徒の一人から、年上の女性のような口調で言われました。

     「ひがまないの」

     

     来週は、定期考査期間中なので、雑念を消して採点に打ち込むため、「噺」はお休みします。

  • 2014年10月02日ブログの噺

    「忘れていた草花」

     体育祭の日、お昼休みに職員室のカウンターの方から、「先生!」と、呼ぶ声がして、顔を向けると、2人の女性がいます。瞳のフォーカスを合わせると、卒業生でした。

     「誰か分かりますか?」。こう問われて、頭の中のインターネットで検索しましたが、最近性能が劣化しているせいか、「該当する項目はありません」という表示が頭に浮かびました。

     「(困ったなあ・・・)」と、内心思いました。こういう時の対応は難しいものです。せっかく訪問してくれたのに、「名前が分からない」では、大変失礼です。「緊急」のテクニックとして、「名前、何だっけ?」とたずねて、「鈴木です」「違うよ。下の名前だよ」というやり取りで、ちゃっかり名字を知る技もあるのですが。 

     しかしよく顔を見ると、一人の卒業生が徐々に認識できて、名前もすんなり頭に浮かびました。

     「○×さんだよね」「当たり!よく分かりましたね」「忘れるわけ、ないじゃないか」・・・口ぶりとは裏腹に、安堵を感じました。

     ところがもう一人は金髪に加えて、お化粧のせいか一回り瞳が大きく見え、しかもカラーコンタクトをはめているので、まったく見当がつきません。

    「降参。ごめんね」」「△◇です」「ああっ!あまりにもキレイになっているから分からなかったよ」・・・ちなみに、これも「常套句」です。2人とも、3年前の3年次のクラス担任をした時の生徒でした。

     すると不思議なことに、突然、こんなことを思い出しました。

     「君たち、今日は2人で来てくれたけど、高校時代、ケンカしていた時があっただろ?」「よく覚えていますね」「クラスの治安を守るため、教室の雰囲気はいろいろな情報源でつかんでいるんだよ。たとえば、人工衛星から映像を撮影するとか」「いやだっ!」・・・「先生」は、瞬時で「不審者」になってしまいました。

     さらに、「カラーコンタクト」の卒業生の、手で顔をあおぐ仕草を思い出しました。彼女が指導を受けている時、必ずする癖なのです。

     「スゴイ!そんなことも覚えていてくれたんですね」「まあ君は、結構指導することが多かったからね」「あの時はご迷惑をおかけしました」「そう言ってもらえると、とてもウレシイな」。名前を忘れていたことを、そっと帳消しにできました。

     それから、いっしょに写真を撮って、いつものように「魔除けになるよ」と言って笑わせました。後で思いました。

     「でも、ただ笑われただけかもしれないな・・・」

    卒業生の2人は、帰り際に、「先生たちで食べて下さい」と言って、お菓子を2箱置いて行ってくれました。

     「すっかり大人になったんだ」

     こんなことを呟いて、小さな種を撒いて忘れていた草花が、ふと気づくと、芽を出して大きくなっているのを見つけたような、とても幸せな気持ちになりました。

     

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