九高の四季

九高の四季

2016年6月の記事

  • 2016年06月30日ブログの噺

    「エアコン」

     この頃、少々涼しい気候ですが、夏が近づき蒸し暑い日が続くと、エアコン稼働への待望の声が聞こえてきます。

     「じめじめして快適な毎日だ・・・」。カタツムリやナメクジがこう思う時、人間はあまり同意できません。

     「先生、いつになったら教室にクーラーが入るんですか?」

     エアコンは全教室に設置されているので、これはもちろん、スイッチがいつ「入る」のかという生徒の問いです。

     「そうだねえ。エアコンの神さまに祈ってごらん」

     冗談で言ったら、本当に祈りだす生徒達がいて、「教室での言動には気をつけなくては」と、つくづく思いました。素直な高校生を相手にするとき、表現の自由はやや制限されるようです。

     先日、エアコンをめぐって、ある先生のこんな回答が聞えてきました。

     「教室の空調の稼働のタイミングは、最新の人工知能(AI)が、室温や湿度についてのデータを深層学習で解析し、さらに強化学習を重ねた結果、その判断をもとに人の体感温度で決めるんだよ」「・・・要するに、みんなが暑いなあと思ったら、クーラーを使うってことですね?」「緻密なプロセスを省略して、一言でいえばそうなるかなあ」「・・・・・・」

     実際のところ、エアコンは気温や湿度と教室の状況を判断して稼働させ、「集中制御」するようになっています。もし教室で生徒が自由にエアコンのスイッチを入れ、温度調整までできるとしたら、なぜか厳冬にはアマゾン流域の熱帯雨林、また、真夏にはペンギンが遊ぶのにふさわしい南極のような極端な室温になる恐れがあります。高校生の中には、新陳代謝が激しいせいか、体感温度の「過激派」がいるのです。

     エアコンが稼働開始となってすぐ、学級日誌にこう書いてありました。

     「クーラーが入ってとっても快適♡」

     ところが、数日経つと風邪気味の生徒が現れ、こんなことを言い出します。

     「先生、寒いからクーラーを切ってもらえませんか」

     教室という空間は、一般の家庭と比べれば相当広いスペースなので、なかなか均等に室温を保つことが難しいのです。

     しかも、生徒は同じ座席にずっと座っているわけですから、その置かれた状況における差し迫った「苦情」が聞こえてきますが、ここにも学校ならではの悩みがあります。

     「暑いだの寒いだの様々な声に応えて即座に座席の変更をすると、授業の雰囲気が落ち着かなくなることもあるからなあ・・・」

     生徒の自由に任せて、好きなように座席を移動させるわけにもいかないのも、室温だけではない「授業環境」を大切にすべき「学校事情」のひとつです。

     「環境に適応させるのか、それとも環境を適応させるべきか・・・」

     ダーウィンのように頭を悩ませながら、しみじみと思いました。

     「結局、『温度差』が問題か。エアコンを使うことって、教室内の生徒の『空気』を調整することでもあるなあ・・・」

  • 2016年06月09日ブログの噺

    「プレゼン」

     文化祭で例年、2年生のクラスは展示発表をすることになっています。端的に言えば、各クラスで選んだテーマについて、「調べ学習」をした結果をモゾウ紙にまとめ、教室に掲示するものです。テーマは「文化」「産業」「スポーツ」「人物」からジャンルを選び、その後、サブテーマを各クラスで決定します。今年は「アメリカ大統領選挙」「和食」「大相撲」「ラグビー」「地震」「ディズニーランド」など、バラエティーに富んだテーマが並びました。

     さらに今年は新しい試みとして、この展示に先立って発表のCMというべきか、展示発表作品の紹介のプレゼン大会をすることなりました。これは各クラス3人1組で、パワーポイントの画面を使って行うもので、「あの教室に行って、是非、展示発表を見たい」と聴衆に思わせるプレゼンが求められています。

     あるクラスのプレゼン担当の生徒が、担任の先生にこう言いました。

     「先生、プレゼンで僕達、絶対に他のクラスに負けませんよ」「それは頼もしいねえ」

     確かに彼らのリハーサルを見てみると、DJ並みのボイスで漫才風の掛け合いが展開され、なかなか「素人離れ」したものとなっています。

     「うーん。これならばなかなかいけるかもね」「でしょ?」

     本番が始まりました。リハーサルと比べて、やや緊張気味の面持ちでしたが、「実力」は十分に発揮できたようです。

     パフォーマンスを終えて、生徒と先生の会話が聞こえてきました。

     「いやあ、何とか終りました」「なかなかよかったよ。でも、最初ちょっと表情が固かったね」「思ったより緊張してしまいました」「でも、あれだけのことができたから自信になっただろ?」「そうですね」

     生徒は何かをやり遂げた達成感で満足げな表情です.

     さらに生徒が言いました。

     「これだけ頑張ったんですから、何かおごって下さいよ」

     そんなリクエストを予想して、担任の先生はこんな「回答」を用意していました。

     「うーん。残念だけどね、それはできないんだよ」「どうしてですか」「実はね、今年の夏、選挙に出る予定なので、公職選挙法に触れる恐れがあるんだよ」「18歳になる3年生ならともかく、僕達はまだ選挙権がないからいいでしょ」「近く有権者になる人でも、選挙違反の恐れがあるからなあ」「町内会の役員の選挙でもですか?」「サンギインセンキョかもしれないよ・・・」

     こうしたやり取りで生徒と先生が鍛え合い、「ああ言えばこう言う力」あるいは「生きる力」を総合学習の結果として、しっかり身に付けていくのでしょう。生徒と担任の熾烈なバトルは今後も続きそうです。

     先生がつぶやきました。

     「いろんな意味でプレゼンの時代だなあ・・・」

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