九高の四季

九高の四季

2015年7月の記事

  • 2015年07月16日ブログの噺

    「今学期ラストの噺」

     この噺は昨日書いたので、今日は少し涼しくなって困っています。  

     

     「今年は冷夏かな?」

     と考えていたら、余計な「心配」を吹き飛ばすかのように、暑い夏がちゃんと戻って来ました。超大型のドライヤーから吹き出される熱気が、スローモーションの蛇踊りのように、地面をのたうちまわっています。

     ふと見ると、「ケインズ経済学」を信奉するアリたちが、せっせと公共事業に精を出しています。暑さは彼らの仕事ぶりにまったく影響を与えません。「国民投票」をしているようなヒマは、彼らにはないようです。

     「あつは、なついなあ・・・」

     こんな古典的なボケを、口にしてみました。毎年夏になると、暑さでボンヤリとした頭に浮かぶ決まり文句です。  

     ところが、ある先生からこんな話を聞いて、白濁している意識が瞬時に覚醒する気がしました。

     数日前の放課後のことです。教室のイスに座って一人の男子生徒が、自分の腕をさすりながら、悩んだような口調で、こうつぶやくのが聞こえてきました。

     「うーん。心筋梗塞かも・・・」(!)

     いくら「家庭の医学」やウィキペディアを調べてもムダに思われる、斬新なコメントです。

     さらにその時、偶然、廊下を通りかかったクラスメートが、「シンキンコウソク」の生徒の悩みを聞いて、励ますように言いました。

     「それは、違うんじゃない?」「うーん。そうならいいけど」  

     その場にいた先生は、生徒同士のシュールな会話に口をはさみたくなる衝動を押え、やっと思いとどまったそうです。

     このやり取りをめぐって、職員室でこんな会話が交わされました。

     「それって、ギャグだとしたら天才的ですよね」「心筋コウソク・・・だもんね」「ちょっと思いつかないセリフですよ」  

     確かによく吟味してみると、ある種の味わいと不思議なセンスを感じさせる言葉です。

     「そういえば、地理の授業を参観した時、『地図の上で海抜の高さの同じ線を結んでできた線を何と呼ぶ』っていう質問に対して、生徒が真面目な顔して、『前立腺ですか?』って答えたのにも笑ったけどねえ」  

     これは苦し紛れに頭に浮かんだことばを、やっと口に出した結果でしょう。

     「この手のセリフは、わざとなのか、無意識のものかによって評価が分かれますね」「そうだね。笑わせているのか、笑われているのかという差は大きいな」「うーん。わが身を振り返れば、ボクは最近、生徒を笑わせているより、笑われていることがはるかに多い気がします」「センスのズレを再調整する夏休みか・・・」  

     これで1学期の「ブログの噺」は終わりです。今学期のご愛読、ありがとうございました。2学期始業式以降、再開させて頂きます。また、ご愛読のほどよろしくお願い致します。

  • 2015年07月09日ブログの噺

    「身分証明書」

     「これ、先生のクラスの生徒のでしょ?」

     ある先生が、ふと手渡された身分証明書を見ると、現在のクラスの生徒のものかと思いきや、何と10年以上前に卒業した生徒の身分証明書でした。

     「懐かしいなあ・・・。もちろん名前にも顔写真にも覚えがあるけど。でも、いったい今頃なぜ・・・・」

     卒業生の、ラミネート加工された本校1年次の身分証明書が、町で拾った方から学校に届けられ、元の担任の先生の手元に届いたのです。ただし、その拾得の経緯はあまりはっきりしていません。10年以上経過したものにしてはとてもキレイなことが、不自然なくらいです。

     「何でこんなものが、今頃拾われたのかなあ・・・」

     乾いた雑巾を絞るようにいくら考えても、まったく検討がつきません。

     「それにしても、いったい、この身分証明書をどうすべきか・・・」

     いつまでも「過去のこと」を悩んでも仕方がないので、「今後」について関係者全員で協議することになりました。「関係者」とは、身分証明書の持ち主の1年と3年次の元担任の先生と「クラスメート」の3人です。クラスメート?「身分証明書」の卒業生のクラスメートが、偶然、本校で教師として勤めているのです。

     「先ず、この身分証明書を、この卒業生はなぜ今まで持っていたんだろうか?」「高校生活の思い出として、ですか?」「・・・それなら、3年次のものを持つはずだよねえ」「まあ、そうでしょうね」「うーん」

     1年次の担任が、遠くを見るような目つきをしました。

     「そういえば、あのクラスは結構大変だったなあ」「そうですね。中選挙区時代の政党みたいに、クラスの中にハバツがあって、ちょっと間違うと抗争事件が起こりそうでした」「そうそう。体育の時間にチームスポーツをやると、チームの中が分裂したりしてね」「個性派が多かったんでしょうかね」「君も、その一人だ」「あっ、すみません」「今はずいぶん大人になってるけど」

     一枚の身分証明書からサツマイモを掘るように、ズルズルと「芋づる式」に思い出が収穫されました。漁船で言えば「大漁旗」が掲げられそうなくらい、しかも、大漁に獲れ過ぎた魚の重みで船が沈みそうになりそうです。

     「ところで、この身分証明書どうしようか?」

     そういえばこのために、頭を3つそろえてディスカッションをしているのでした。

     「番号が書いてあるので、そこに電話してみるのはどうですか?」「10年前だからねえ・・・」「もし電話がかかったとしても、事情を説明するのもめんどうですね」「わざわざ『取りに来なさい』というほどのこともないかもしれないなあ・・・」

     しばらくすると、「協議」に疲れて(飽きて)きました。

     「まあ、これについては、すぐに解決しなくちゃならない問題でもないしね」「じゃあ、今日はこれくらいということにしましょうか」「ところで、この身分証明書を、元クラスメートに任せるっていうのはダメ?」「教育者の責任として、それはダメでしょう」「いくら元担任でも、10年以上経っているから、もう『時効』だと思うけどねえ・・・」

     「継続協議」は夏休みに行われる予定です。

  • 2015年07月02日ブログの噺

    「気になる答案たち」

     火曜日に期末考査が終了し、現在、続々とテストの結果が判明している頃です。

     

     定期考査が終ると、生徒たちが好むと好まざるとにかかわらず、当然、答案の返却があります。

     「必ず、試験が終って最初の授業でテストを返すからね。問題用紙を忘れないように」

     試験前の授業で、担当しているクラスで宣言している手前、考査最終日にテストが実施された場合でも、そしてたとえ深夜まで採点をすることになったとしても、何とか答案の返却を間に合わせることにしています。ただし、「深夜」といっても、いつもの就寝時間が10時くらいですので、シンデレラの馬車がカボチャに戻る頃には「業務」を終えることになっています。

     ところが、そのような「即・答案返却」の誓いは、義務感ばかりからのものではありません。「生徒のテストの得点を早く知りたい」という本能が教師にはあるようで、特に日ごろからとても気になっている生徒の答案は、真っ先に採点することになるのです。

     「今回の、○×君のテストの結果はどうだろうか・・・?」

     おそるおそる採点をしながら、その「一問一問」の結果に「一喜一憂」します。こんな時、感情移入は中途ハンパなものではありません。

     「よしっ!ああ・・・やったあ!惜しい!」

     心の中でうめいたり叫びながら、まさに、他人事ではない気持ちで、赤のボールペンを動かします。時には感情が溢れすぎて、鼻血が出そうになることもあります。

     「うーん。これはねえ・・・」

     丸付けを全部終え、答案が合格点に達するのにきわどく思われる時、相撲でいえば、対戦相手の力士が土俵を割らないように心配する先輩力士のような気持ちになります。

     こんな時、得点の集計を急ぐ手が自ずと早まり、体中にアドレナリンが走り、動悸がやや乱れます

     「うーん。ぎりぎりだけどセーフか。・・・やったね!」

     かろうじてだとしても、合格点に達した時には、喜びが込み上げてきます。その場に受験者本人がいれば、「握手」や「ハグ」や「胴上げ」をしてやりたいと思うくらいです。・・・状況によって、祝福の程度が「松・竹・梅」と異なります。

     一方、スコアが期待を下回った場合、落胆と失意が胸に広がります。

     「ああ。善戦及ばず・・・。残念!」

     答案を返した時の、生徒の悲しげな表情が胸をよぎります。

     「けっこう頑張ったみたいだけどねえ・・・」「うーん。やることはやってつもりなんですけど」

     こんな生徒のコメントまで、耳元で聞こえてくる気がします。

     何事も結果だけではなく、それに至ったプロセスが大切だと言いますが、やはり数字で表される結果がものをいう場合があるのも現実です。

     ところが、採点という、「人の『運命』にかかわる」作業を何時間もやっていると、感情のアップダウンのせいかヘトヘトに疲れ、なぜか手が進まなくなることもあります。

    「採点をぐずぐずしていても、仕事が残るという現実に変わりはないよなあ・・・」

     自分に言い聞かせながら、「気になる答案」にまた立ち向かうのです。

     

     

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