九高の四季

九高の四季

2016年7月の記事

  • 2016年07月22日その他

    【読書感想文】最優秀賞が決定!!

    読書感想文の最優秀賞が決定いたしました。

    最優秀賞1年6組 藤嶋 晴(東光中学出身)が書いた

    『サブキャラクターから学ぶ』という作品です。

    下記に全文を載せていますのでご覧ください。

    『サブキャラクターから学ぶ』

    私はおちくぼ姫を読みました。北の方という継母や、実の姉妹などの中納言一家からひどいいじめを受けていたおちくぼ姫を、恋に落ちた右近の少将が助け出し、最後は中納言一家と少将一家とが仲直りして幸せな雰囲気で終わった、というストーリーでした。なんとなく少女漫画にありそうな話で、途中ハラハラした時もありましたが最後はハッピーエンドで終わり、とても楽しく読むことができました。ただ、私はこの小説のおちくぼ姫を助けるまでのロマンチックなストーリー展開より、この展開にかかわったある一人の人物に目が行きました。その人はおちくぼ姫の乳姉妹で、名を阿漕といいます。彼女はおちくぼ姫を支え励ましていた存在で信頼されていました。私はそんな彼女の行動に感動しました。

    まず、一つ目に、周りのことを考えて行動することです。この小説が書かれた平安時代には、結婚が決まり次第、三日間夫が夜に妻のもとへ通い正式に結婚をする、というしきたりがありました。またそのしきたりの時、夫への洗面やおもてなし、最後の夜に夫婦となるために食べる三日夜のもちなど準備しなければなりません。そのような準備はだいたい事前に行い用意しておくものですが、おちくぼ姫をのけ者扱いし一人家に残したまま中納言一家が外出をしていたので、そのような準備は一切なく、なにもない状態でおちくぼ姫と少将はしきたりを行おうとしていました。しかしそれでは困るだろうと阿漕が考え、いろいろな手段を使い、あっという間にすべての道具や食事を一人で準備していました。そのおかげで無事二人は夫婦となることが出来ました。

     二つ目に、頭の切れの良さです。北の方に少将と隠れて出会っている事が気づかれた場面では、おちくぼ姫が小屋に閉じ込められ、さらに北の方の親戚で女遊びが激しい中年の典薬の助との結婚が決められてしまいました。それにひどく落ち込み怖がっていたおちくぼ姫を阿漕は励まし元気づけ、何とか結婚を阻止する方法はないものかと考え、典薬の助を小屋の中に入れさせないために小屋の中の荷物をつっかえ代わりにするように姫に指示したり、中納言一家が外出したすきを狙って姫を助け出すために少将とお互い使者を出し、やりとりをしたことで、見事に姫を助け出すことが出来たのです。

    これらの彼女の行動を見ていくと、阿漕という人物の能力の高さがうかがえます。いつでも臨機応変に対応し、先を見て行動すること、正確な判断を下すことで、正しい方向へ導いてくれます。

     このような彼女の能力はこれから社会に出ていく私にとって必要不可欠なものだと思います。この機転の良さは社会においてかなり重要視されるのではないでしょうか。私も彼女のその能力を見習いたいです。そしてこの能力の他にも見習いたいことがあります。それは、自分の行動に対して自信を持つことです。

     先ほども書きましたが、彼女はおちくぼ姫を北の方からの理不尽な罰から逃れさせることに成功しました。周りと連携しながら彼女が様々な作戦を立て、その作戦を実行したところも素晴らしいと思いますが、それよりもその作戦で姫を助けられると思えたところが彼女のすごいところだと思います。これは、自分に絶対の自信がないとできません。そしてこの自信を持つためには多くの知識と経験が必要になります。それを兼ね備えた彼女はある意味最強と言っていいと思います。

     今まで書いてきた彼女の能力は人生の中で必ず必要となる時が来ます。そして、その時が来る前に身に付けておかねばなりません。そのためにすべきことは高校で自分の頭脳、そして人間的な面で成長させることだと思います。それを達成するために充実した高校生活を送れるよう励みたいと思います。

  • 2016年07月21日生徒会活動

    ペットボトルキャップ1学期回収結果【目標年間200KG】

  • 2016年07月14日ブログの噺

    「分離独立」

     クラスで何かの係や役割を決めなくてはならず、誰も「ボランティア」として名乗り出ない時、「最終手段」として、日本古来の決定手段である「じゃんけん」が導入されることがあります。

     「それでは仕方がない。誰も立候補しないならば、全員参加の『直接民主主義』でやるぞ」「えーっ。またですかあ?」

     こう言いながらも、生徒は妙にエキサイトした表情をします。本質的に若者は、スピードくじのように瞬時に結果が出る、ドキドキハラハラの状況が好きなのです。

     「よーし、やったあ!」!「オーマイゴッド!・・・あーあ、負けたあ!!」

     こぶしを用いた熱い戦いが繰り広げられ、その結果、歓喜のためリオのカーニバルのように踊り狂ったり、野球で9回2死から逆転サヨナラヒットを打たれた投手みたいに、ひざをがくっと折ってしゃがみ両手で頭を抱えるなど、悲喜こもごもの生徒の姿を見ると、その身の上にどんな幸福と不幸が訪れたのかと思われるくらいです。

     「まあ、掃除当番の後のゴミ捨て係を決めただけなんだけどねえ・・・」。

     オーバーアクションが見られることを考えると、「意外な結果」が待ち受けているところに、若者好みの「ゲーム感覚」が潜んでいるのかもしれません。決定を何に委ねるかということは、とても微妙な選好性の問題なのです。

     

      ある日、次のような生徒の会話が教室から聞こえてきました。

    「過半数で何かが決まるっていうのは、ある意味、微妙だなあ」「そうだね。数パーセントの差で国の命運が決まるっていうのはねえ・・・」「ジャンケンの方がすっきりするかもね」

     会話は、イギリスのEU離脱をめぐる国民投票の結果についてのようです。会話は続きます。

    「もし家からの離脱か残留を『国民』に問うとしたら、どうなるだろう?」「国民って、この場合君の家族だろ?」「まあ、そうだけど、それでも『全員参加』の直接民主主義による意志決定だからね」「うーん。でもね、家から『分離独立』するのを早まることはないよ」「それはそうだね。嫌でも将来、そうしなくっちゃならないだろうから」「僕の家でも、『進路』に『残留』っていう選択肢はないだろうなあ・・・」

     この生徒たちの、保護者の庇護からの将来の「独立(離脱)」への情勢判断は、迷える大英帝国の将来の不透明さよりも確かなようでした。

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