九高の四季

九高の四季

2012年の記事

  • 2012年12月20日ブログの噺

    「三者面談II」

     以前、ある老舗の料亭のトラブルの謝罪の記者会見で、女将さんである母親が経営責任者である息子に、聞こえるような囁き声(!)で、「アタマが真っ白になって、ついやってしまったと言いなさい・・・」という、釈明のセリフをアドバイスするという衝撃的なシーンがTV放送されたことがありました。考えてみれば、母親が息子を完全にコントロール下においていることが分かる、大時代的な光景でした。現在、民主的かつ穏健な普通の親子関係において、記者会見ならぬ三者面談において、お母さんが息子に成績の釈明させることはないでしょう。「アタマが真っ白になって、つい勉強しなかったと言いなさい」・・・どう考えてもこれは無理なイイワケです。
     「三者面談」という「公式の場」で、生徒本人を巡って様々なやり取りが行われると思いますが、生徒の中には、「ほめられれば伸びるタイプ」がいる一方、「叱られたほうが発奮するタイプ」もいます。しかしながら、これは完全に二分される人間のタイプの分類ではなく、時と場所と場合、すなわちTPP・・・ではなくTPOによって異なるものでしょう。時にはほめ、時には叱り、時には慰め、時には激励し、数多くのバリエーションある接し方によって、生徒の成長を引き出すことが、ひいては親子関係の質と密度を高めることにつながるのではないでしょうか。
     さらにいえば、親子で紡ぐ家族の歴史の中で、高校時代の三者面談も、いつか思い出の一コマになるでしょう。もっともそれは、個人的に回想すれば、母と高校の保護者会に臨んだのが、もう何十年も昔のことだから、暢気に言えることかもしれません。現在進行形の真っ最中に、そんな余裕の気持ちはないのが普通です。一般的にいえば、様々な「修羅場」が思い出に変わるまで、何十年もの熟成期間が必要なのです。
     明日、いよいよ三者面談最終日であると同時に終業式を迎えます。ブログの噺もしばらく充電期間に入ります。少々早い気もしますが、よいお年をお迎え下さい。

  • 2012年12月19日その他

    愛の献血

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    本日、日本赤十字社による献血が行われました。
    本校では生徒、教員合わせて61名が献血をさせて頂きました。

    血液を必要としている患者さんの元へ、一人でも多く届けられます様に・・・という思いで順番を待ち、献血後には心も身体もすっきりしました。

    皆さんも『愛の献血』いかがですか・・・。

  • 2012年12月18日ブログの噺

    「三者面談I」

     本日から保護者会三者面談が始まり、その場で担任の先生から成績通知書が渡されます。当然通知表には、二学期の定期考査の取り組みが数字で記入され、努力の度合いとその成果が「一目瞭然」となります。
     成績についての感想といえば、「よく頑張った」「まずまず」「もっと頑張らなくて」「・・・・・・(!)」という数種類に分けられると思いますが、高校生の保護者ともなれば、子供の小学生時代からすでに10年以上の年季が入った、いうなれば「プロの通知書ウオッチャー」なので、ちょっとのことでは人前でナマの感情をあらわにしない修練が積まれています。しかし、いくら「百戦錬磨」であるにしても、親子という長い期間にわたる感情移入をベースにした、深い人間関係ならではの気持ちのぶつかり合いが、人前だからこそ表出することがあります。
     先生の前に並んで座りながらも、「あんた、もう少しね・・・」と、お母さんが厳しい視線を投げかければ、「うーん。まぁ、それはそうだったけどねぇ・・」と、生徒自身が少し当惑した眼差しで受け止めるシーンが見られ、肉親同士のテレパシーによる短くも鋭いコミュニケーションが火花を散らす瞬間です。そんな時、担任の先生はそっと窓の外に目をやって、親子の姿を見ないふりをします。
     時には、そのぶつかり合いが「激化」して、その場で親子喧嘩にかわることもあります。それは、もしかしたら「担任の先生」という審判員を前にした「公式試合」のようなものかもしれません。しかし、判定はあくまでも「かりそめ」のものであり、家に帰ってから、夕食のテーブルでお父さんをも巻き込んだ、「延長戦」が待っている可能性もあり、また、激しい「場外乱闘」が繰り広げられることもあるでしょう。
     「そう考えると、学校の先生は罪深い職業なのかもなぁ」・・・何十年もやった末に、遅ればせの反省の気持ちが芽生えてきました。

  • 2012年12月13日ブログの噺

    「帰りのHRが長いクラス」

     帰りのHRが、とても長いクラスがあります。おそらく担任の先生が、入念な帰宅前のHRを、自らの「教育方針」の中で重視しているのでしょう。面白いことに、そうしたクラスの生徒には、ある特徴が見られます。
    ①授業が終わったら必ずトイレに行く。
     普通ならば、少しガマンしても数分でHRが終わるので、あまり「準備」は要らないのですが、「HRの長い」クラスの場合は事情が違います。しっかり「用事」を済ませて、じっくり腰を据えてHRに臨む体勢がクラスにできあがっています。穏便かつ一時でも早い解放に、「そわそわもじもじ」した態度は、絶対禁物です。
     ②HRでの、聞く態度が大変良い。
     「担任に言うだけのこと言わせないと、簡単には『釈放』してもらえない」ということが、クラスの生徒全員にしっかり身に付いています。このことは、運動部の生徒が多いクラスでは特に顕著です。一般的にいって、彼らは、「試合の後のミーティングは長い」「大人は言いたいことをいわせないと、帰らせてくれない」というシチュエーションに、少年野球やサッカーなどのクラブチームに属していた子供の頃から慣れています。まさに、「人民解放軍」が、「解放」の名称を盾にして人民を「拘束」しているようなものだということを、骨身に沁みてよく知っているともいえましょう。
     ③教室外の様子に無反応である。
     「HRが長いクラス」の担任は、すでに放課になった他のクラスの生徒が、自分のクラスの生徒に合図を送ったりして、集中力を掻き乱されることを大変嫌っています。教室内の生徒は、そのことが、HRをさらに長くすることをよく知っているので、まったく外部のシグナルに反応しません。
     さらに周辺のクラスの生徒も、その「空気」に慣れていて、子供が近所のうるさいお爺さんの家を敬遠するように、HR実施中の教室の前をうろつきません。教室の前の廊下を誰一人通らなくなるのは、キャッチボールをしている小学生達が、ボールが頑固なお年寄りの家の庭に間違って入っても、あっさりあきらめるのと似たような心情に基づくものです。
     さて、そうしたクラスにおいて、本日も「帰りのHR」が、「戒厳令」という言葉が頭をよぎる「一糸乱れぬ厳粛な雰囲気」の中で行われています。「早く終わればいいのに・・・」。そんなそぶりは、まったく生徒の表情からうかがわれません。まさに、「忍耐」を涵養し「修練」を積む、絶好の機会といえましょう。

  • 2012年12月13日九高の風景

    緑が多い九州高校

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    本校の植物を紹介するホームページを作成しました。

    http://www.kyushu-h.jp/temp/plant/

    今回は、11月に撮影した写真なので緑ばかりの写真になってしまいましたが、春にはソメイヨシノのピンク色など様々な色を紹介できる予定です。
    このホームページはパソコン愛好会の1年男子諸君が制作してくれました。初めてのホームページ作成でしたが、立派なサイトが完成しました。現在は、施設紹介や部活動紹介など、様々なサイト作成中です。

  • 2012年12月11日ブログの噺

    「ジュース」

     教室で、男子生徒から突然こんな風に話しかけられました。
     「先生、この前、ジュースをおごってくれるって言ったじゃないですか」「そんなことを言ったかなぁ・・・」。最近、言ったことを忘れる傾向が強くなって、年齢を重ねるごとに、「政治家」としての資質が徐々に身につきつつあるようです。
     それでも、こんなやり取りをした後、教育者として、やはり生徒にウソをついてはいけないと深く反省し、次にその生徒に会う機会を見つけて約束を守りました。
     「ほら、約束のジュースだよ」「先生。これミカンじゃないですか?ジュースっていう約束じゃなかったですか?」「ジュースっていう意味を知っている?」「・・・・・・?」「英和辞書を引いてごらん。『果汁』って書いてあるよ。だから、ミカン由来の天然百パーセントの本格的なジュースをどうぞ心ゆくまでご賞味下さい」「・・・・・・」
     仕方がなさそうな表情で、その生徒はミカン受け取り、皮をむいて、その場で「ジュース」を味わいました。
     「どうだい?生のフレッシュジュースは?」「やっぱり、パックやペットボトルに入ったやつがいいですねぇ」「現代人はすぐ手間ヒマを惜しむところがいけないなぁ」「そういう問題じゃないと思いますけど」「何なら、ジュースを絞ってあげてもよかったけどねぇ」「さらに、そういう問題じゃないと思います」
     ちなみに、このごろの学校の先生の仕事の中で、「ネタ(本業)」の実力が大切なのは言うまでもないことですが、当意即妙の「トーク力」が強く求められている気がします。「ああいえばこういう」「ああすればこうする」アドリブ力こそ、現代で生き抜く力の一つなのかもしれません。

  • 2012年12月08日生徒会活動

    東区7校会

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    東区にある7つの高校の生徒会で組織されている「7校会」の会議が九州高校にて行われました。
    今回の会議に参加した学校は
    九州産業大学付属九州高等学校
    香椎工業高等学校
    立花高等学校
    博多高等学校
    福岡工業大学付属城東高等学校

    今回のテーマは「7校会の新たな取り組みについて」でした。まずは、本校の生徒会の案が発表され、その後各校で話し合ってもらい、意見を発表してもらいました。新たな取り組みとして、フリーマーケット参加や清掃活動、飲酒運転撲滅のためのティッシュ配りやホームページ作成など様々な提案がされていました。

    これからの7校会の活動にご注目ください!!

  • 2012年12月06日ブログの噺

    「本能」

    現在、期末考査の答案返却の真っ盛りです。試験の日程にもよりますが、答案返却は試験終了後、授業の第1時間目にするのが「学校の常識」です。そういう意味で、試験が終了したらすぐに採点にかかるのは、学校の先生の本能であり、空腹時のライオンがサバンナで獲物を襲ったり、タコが思わず蛸壺に嵌まるようなものです。・・・と書いて、思いついた比喩の、あまりもの意味のなさと不適切さに愕然としています。しかし、今、成績処理でとても忙しいので、このまま書き進めましょう。
     答案を返却すると、当然、生徒は先ず点数に関心を示します。  「やったぁ。欠点じゃない・・・」。しみじみとした安堵派もいれば、「あーぁ、満点を逃したぁ」という完璧主義者もいて、悲喜こもごもの中に様々な人間ドラマを感じさせられます。
     「採点の間違いは訂正するから、先ず、正確に自分の答案を訂正しなさい。慌てなくてもいいからね」
     このように教室で宣言しても、採点ミスを見つけたらすぐに駆けつけ、一刻でも早く訂正を求めようとする生徒もいます。
     「先生。採点が間違っています」「うん。間違いはいつでもちゃんと直すから、全部きちんと見直して、得点の合計も確認しなさい」「でも、一瞬でも早く、赤点の状態から逃れたいのです」「すごくキワドイところなんだね」「はい」その切実な表情には、心動かされるものがあります。
     そうかと思えば、採点ミスにより点数が下がるのに、きちんと「自己申告」をする、桜の木のエピソードで有名な、ジョージ・ワシントンのような生徒もいて、べつの意味で心動かされたりもします。
     いずれにしても、数値で表された努力の結果に関心を持つことは、生徒として大切な本能でしょう。こうした生徒と教師の本能と本能のせめぎ合い、ぶつかり合いが熱い火花を散らして、ホットな雰囲気を醸し出すところに、おそらく動物には理解できない、人間という動物の脳の進化の証があるのでしょう。・・・変な理屈を書いていないで、成績処理に没頭しなくては。

  • 2012年12月04日ブログの噺

    「風物詩」

     期末考査数日前の職員室にて、ある女性の先生と若手の先生の会話。「先生、試験を入れる封筒を下さいね」「後でいいですか?」「だめ。この時間に印刷するから」。本校では、定期考査の問題用紙と解答用紙を大型の封筒に入れて、準備と保管をすることになっています。
     こんなやり取りが耳に入り、思わずニヤリとしたら、女性の先生から「後輩」について、こんなコメントが聞かれました。
    「先生は笑いますけどね、○×先生(若手の先生)は、中間考査前、あんな返事をしたくせに、2日後に封筒をくれたんですからねぇ。印刷が試験直前になってしまう恐れがあるから、油断できないんですよ」「いつも忙しくしているから、2・3歩歩いたら、記憶がデリートされるんじゃないかなぁ」「それじゃニワトリといっしょですよ。本当に困るんだから」。憤慨するのももっともな、経緯があるようでした。
              *   *   *
     「あっ!職員室に足が入った!!」「あっ、すみません」
     定期考査一週間前になると、先生の机が並ぶ職員室の手前のカウンターのところに、「試験終了まで、これより生徒の立ち入り禁止」の表示が出されます。もちろん、カウンターから先生に声をかけることは可能ですが、うっかり足を踏み入れそうにになった生徒には、「警告」が発されるのです。「危なかったねぇ。もし足がラインを越えたら、『不正行為』と見なされるところだったよ」「すみません。忘れていました・・・」
     「不正行為と見なされる」というのは冗談ですが、繰り返し見られるこんな光景も、九州高校の定期考査のシーズンを知らせる風物詩の一つといえるかもしれません。
              *   *   *
     こんないろいろなやり取りがあってスタートした期末考査も本日で終わり、明日から答案返却や成績処理が始まり、終業式に向かってスタートダッシュとなります。いよいよ「師走」。学校現場において、何と含蓄のある言葉でしょう。

  • 2012年12月03日教育雑感

    夢は全力の向こう側にしかない

     日本のフレンチレストランの最高峰「コート・ドール」のオーナーシ ェフとして活躍を続ける斉須政雄さんの言葉です。若いころ自己嫌悪と挫折感に苛まされる日々を送った斉須さんは、そのような自分自身と決別すべく単身渡仏し、料理人としての技と精神を磨いた修業時代を送りました。その当時を振り返り、「全力を尽くさない人は夢に至らない。ここからずり落ちたらもう後はないという危機感の中で走り続けるからこそ、人は水準を超えることができる。安全圏にいたまま人並み以上のことをやろうとしても無理だ」と悟られたのだそうです。そんな斉須さんの母親は、いつも「人にできたら、あんたにもできるよ。皆と同じように体は一つ、頭は一つ、腕と足は二本ずつある。後はやるかやらないかの問題だ」と言われていました。
     「強靭な体力と素直な心を持ち、全力の向こう側にある夢を追いかけてつかんでほしい」斉須さんの現代の若者への切なる願いです。

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